印刷メディアとしての雑誌・マガジン

雑誌・マガジン社会を映す鏡として時代と共に歩んできた。だから、社会が変われば、雑誌の傾向も反応する。ネットが登場するまでは、印刷メディアであった。印刷自体も革新的な時代も当然あった。ヨーロッパにおける印刷メディアと社会変化の話は割愛します。

現在の日本に限っても、いろんな驚くような雑誌があり、雑誌「僧侶」?「農業」、「」、「船舶」、普通に「観光」、「山と渓谷」、「古墳」、挙げていけば切りがないですが、「平凡」の出現は真打ち登場という感がある。
マガジンハウス」(1983~)という会社があり、かっての会社名は「平凡出版」(1954~83)、相当古いです。「平凡」とは、すごい命名ですね。
雑誌「平凡」(1945~87)の人気の秘密など考察すると、非常に面白い。「平凡パンチ」(1964~87)が企画され、5年後、時代の象徴「an an」(1970~)、女性誌でありながら男性も普通に読んでいたらしい。5年後「POPEYE」(1976~)、「クロワッサン」(1977~)、「ブルータス」(1980~)、「オリーブ」(1982~)、「ターザン」(1986~)、「HANAKO」(1988~)と。
明星出版は「平凡」に対して雑誌「明星」を、「平凡パンチ」に対して週刊誌 「プレイボーイ」を、「an an」に対して「non-no」を、やや姉御誌「MORE」を出版してきた。
講談社は「POPEYE」に対して「Hot-Dog PRESS」(1979~2004)を出版してきた経由があります。
以上は雑誌の1コマですが、商品店舗をみても面白い。登場成長隆盛終焉には一定の法則がある。

カルチャーマガジン

平凡パンチ」(1964~)ですが、日本の歴史上初めて学生という身分?集団が大衆社会化の下、政治・文化で反乱を起こした時代背景の中、カルチャーマガジンだった。文学雑誌や論壇雑誌ではダメで、フランスの「5月革命」(1968)、アメリカの「フラワー世代」など世界同時反乱は若者のネットワークが起こしたものだった。ファッションも同様、既成勢力とは別の「チープシック」や「パンク」、極めて高度な伝統技術の高級な素材の「グランジ」(ぼろファッション)とか、後にすべてブランド化していく。
直接関係ないものの、仏「5月革命」でも流行した中国文化大革命の「毛沢東語録」は水戸黄門の印籠のようにプラニングされた。
後のFacebook・LINESNSソーシャルネットワークの拡散性は時間は30年飛んでますが、心理的には似ています。圧倒的に違うのは、マガジンもネットメディア化するし、SNSはネットワークなので、資本主義・社会主義・民主国家・独裁政治国家など飛び越えて個人がつながってしまう。