事業や仕事の再定義が、なぜ有効なのか?

店舗・会社・事業の活性化・再生ですが、ほんのちょっとしたコトで、起きます。再定義はその1つで、比較的リスクの少ないものです。再定義が必要なのは、あくまで事業が赤字や不振の場合で、今の仕事を根底から見直すことになります。いろんな可能性が見えてきます。

再定義という言葉に慣れない方は、ちょっと仕事を見直すと思ってもいいです。今までの仕事を振り返るより、実際に少し変えるとか一歩踏み出すことです。今までやってないPOP広告をやるとか実際の行動に、必ず裏付けの言葉を付加する。それが小さな再定義の一歩です。再定義で結果が変わった理由が明確化します。
再定義には、大きく変化するやり方もあります。場所を移動する、活動の場所を変える。マーケティング的にはチャンネルを変えるのも同じ。仕事の分野カテゴリーを変える、肩書を変えることでもいい。バリエーションはいっぱいあります。

実例)
洋服の販売関係から紳士服仕立て人に、そしてお相撲さん専門のテーラーに変った。私の例です。
ライバルを意識する必要はく、オーダー客を断るほどオンリーワンでした。市場そのものが小さかったので、すぐ違う一般アパレル市場に移動しましたが。
再定義はジャストフィットすると、効果は絶大です。
出版界ではよくあります。マンガを哲学書や歴史書などで表現することは今では普通ですが、受験参考書に劇画を大々的に取り入れたり、パソコン書籍関連でも初期は。ソフトバンクの孫氏がNHK教育TVで講師だったり、PCの教習本など販売していた頃?。まだまだチャンスや空きはいっぱいあります。いったらきりがないです。芥川賞選考でも、小説を横書きの理科系研究レポート風にするだけで、画期的だの、問題作だの、選考者はヒックリ返っていた。

最近、逆定義ということを言うことがあります。
これは本でいうと、出版された時点で多くの人がやられたと唸るモノです。圧倒的な力量や圧倒的なリサーチや圧倒的な熱意や年数を費やして登場したものではない。ちょっとした発想の転換や気付きに基づいて作られ、それでも多くの人に支持され、魅力的な作品に仕上がったモノです。
失礼を承知で最近の例はこれです。
天才を殺す凡人 」職場の人間関係に悩む、すべての人へ。
年令問わず、皆んな自分に置き換えて感情移入できる作品。中身が物語なのも計算づくか?ヒットする要素が限りなくあり、マーケティングの力も大きい。
ヒット作とかヒット商品を出せるのは、もちろんある種の力量と才覚がなければできません。ヒントは日頃から非常識な思考をセンスする訓練?まあ、難しいですが。これは意識的にやっていれば、10年に一回、一生に一回ヒットに出会うとかあるかも知れない。

先程の本「天才を殺す凡人 」、読む人の多くは、自分は天才の部分があるな、でも天才ではない。自分は秀才派かとか、自分は所詮、凡人だが天才的な所も少しあるななど、思わすのがミソなのです。
皆んなそうだから、私もヒットすることもあります。

コンサル例
デザイン会社時代の同僚には、デザインワークが苦しかったようなので、ある分野のポータル会社起業のアドバイスしました。簡単デザインのテンプレートを膨大に用意した会社です。成功したようで、ただこれは容易に真似されるので、時代の少し先を意識したコンサルを引き続きしてます。テンプレート化の流れは止めれません。商品開発としては、テンプレートのアプリ、アイデア次第では相当の市場が獲得できそうです。
モノをつくる、デザインするより、発信する時代ですね。クリエーターは何をクリエイトするか?モノでなくてもいいわけです。雰囲気の発信、人間関係の調整でも。それを作曲でも、絵画でも、マンガでもいいわけです。デザイナーからDJに再定義、営業からアドバイザーに再定義、八百屋さんからフルーツプロモーターと再定義、おもちゃ屋さんから教育産業にとか、会社・事業の一部を別に発足させてもいいわけです。例えば、大塚家具さんは赤字と資本集めに大変になっていますが、業務提携が家具の販路に限定されています。再定義という視点からいろんな概念の導入が可能なわけです。家具なのか?経営法なのか?システムなのか?生き方なのか?所有・非所有なのか?教育なのか?知名度が抜群ということは受け入れられるモノを打ち出せば、一気に経営は上向く可能性はあるのでは?
もし会社が変わるには、普通に家具の概念を見直すのもいいのではと思います。大きな会社ではこれでも難しい。ヒントの一つとして、発信する会社としての魅力。未来に向いた家具としてのIoT関連はあると思います。他にもありますが、余計なことなので、これ以上は言いません。建築家の家具に対する意識には面白いものがあります。若手の建築家、デザイナーの競作とか、家具から拡張するモノへ、いっぱいあるアイデアの中でも、ヒットの可能性はあるはず。

余計なお世話の例)
現在「しんゆり映画祭」、これを「しんゆり世界こども映画祭」と
自分の住んでいる地域でも、気になることはあります。
新百合ヶ丘には映画大学や音大もあり、芸術的要素の多い街です。子供向けに映画関係の教室や講座もあり、毎年人気の「しんゆり映画祭」があります。
私的には「世界こども映画祭」が開催されたら、新百合ヶ丘は世界的に知られるようになると思っています。インフラはそろっているので、もう計画はすでに始まっている可能性は高いですね。これは子供のために、教育のためにです。後から商業的に大きな効果がついてくるのは見えています。ただ問題はあります。世界から世界的スターや訪問客が大勢やってきたときに、受け入れる体制がどうかです。施設、環境、人材などなど。こういう時にいろんな分野のスペシャリストの出番ですね。
ここでも自治体や行政が地域案件において、概念の置き換え、案件の再定義で、やれることが変わってくる可能性ですね。頭の良い政治家は、読み替えは得意だから、市民のために、地域に貢献してもらいたいですね。